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「三毛の庭」からのお知らせ

「三毛の庭」からのお知らせです。


  インターセックス自助グループ「三毛の庭」に所属する会員の疾患名一覧
Date: 2009-11-20 (Fri)
新たに入会を希望する方のために今、どんな疾患の方が所属しているかの一覧です。
なお、同じ疾患に複数名所属している場合があります。
どうぞ、参考になさってください。


(1) 混合性性腺形成不全            46X+mar核型
(2) 精巣女性化症候群(アンドロゲン不応症)   46XY
(3) 精巣女性化症候群(不完全型)        46XY
(4)  ターナーシンドローム          45XO
(5) XY女性                46XY
(6) 汎下垂体機能低下症(ゴナドトロピン欠乏症)
(7) 原発性無月経
(8) 原発性無月経・子宮体部発育不全・卵巣機能低下症
(9) 真性半陰陽             46,XX/46,XYキメラ
(10) クラインフェルターシンドローム     47XXY核型
(11) クラインフェルターシンドローム・外陰部形成異常 
47XXY核型
(12) クラインフェルターシンドローム・尿道狭窄 47XXY核型
(13) クラインフェルターシンドローム 46XX/47XXYモザイク
(14) クラインフェルターシンドローム・慢性腎不全47XXY核型
(15) 男性仮性半陰陽・低ゴナドトロピン血症  46XY 




  ■ IS それぞれ
Date: 2009-11-20 (Fri)

三毛の庭の会員有志が自分たちの現状を語ってくれました。

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●ハンドルネーム IS(1)
●戸籍の性    男
●ISの分類   クラインフェルターシンドローム(性染色体47XXY)

 結婚5年後、不妊検査(血液検査)で解りました。
でも告知は、検査の6年後でした。
第2次性徴期には、声変わり、喉仏の発現はあったものの体毛は濃くなり
ませんでした。
身体は、腕脚が細く手足が小さくお腹が出ています。
ペニスは普通ですが、睾丸は小さい(縦1.5cm、横0.7cm)です。
7年前骨粗鬆症の治療を目的に男性ホルモン補充に3度挑戦しましたが色々な副作用が出てしまい、治療を止めました。

性自認は中間〜女性寄りです。
現在は女性ホルモン補充に切替え、副作用もなく精神状態も安定し、骨密度が徐々に上昇中です。

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●ハンドルネーム IS(2)
●戸籍の性    女
●ISの分類   先天性副腎皮質過形成(11β-水酸化酵素欠損症)

 外見はほぼ女性ですが二次性徴が無く女性的な特徴はありません
そのため男性に間違われてしまうこともあるので意識的に
女性らしい服装、仕草をするようにしています。
声は低く、生理はありません。やや多毛でお手入れが大変です。
外性器は中間的です。温泉などで服を脱ぐのは辛いです。

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●ハンドルネーム IS(3)
●戸籍の性    男
●ISの分類   真性半陰陽(性染色体46XX/46XYキメラ)

 思春期以降の血中男性ホルモン異常低値治療のため外見、声は男性化しています。
数年前の男性ホルモン補充治療の一時休止により、卵巣と子宮が活性化して
性周期(生理)が発現してしまったようです。
婦人疾患 (子宮内膜症、月経困難症) を併発していたので、ダナゾールによる
ホルモン治療と並行して男性ホルモン剤で身体の女性化を防いでいます。
麻酔薬のアナフィラキシー(ショック)があるため、摘出手術ができず当面ホル
モン治療とのことでしたが、性ホルモン剤の副作用(肝機能障害)のため休薬中
です。

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●ハンドルネーム IS(4)
●戸籍の性    男
●ISの分類   クラインフェルターシンドローム(性染色体47XXY)
 声変わりは第2次性徴期に訪れたましたが、髭などの男性的な特徴は発現
しませんでした。
骨格に関しても、お尻が大きく、いわゆるくびれがあったりします。
女性化乳房もこの頃発現して以来ずっと現存します。色白でもち肌です。
思春期〜青年期時代は自分が男なのか女のかよくわからずにいました。
女性に間違えられることはしょっちゅうで通学途中に痴漢に遭遇することも多かったです。
ペニスはすごく小さくいつも埋没しています。睾丸は左右どちらも2CC程度です。
骨粗しょう症の治療として女性ホルモン剤が婦人科から投与されています。8年間の投与でほぼ、正常域まで戻りました。
性自認は女性8割で、残り2割は中性です。

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●ハンドルネーム IS(5)
●戸籍の性    女
●ISの分類   ターナーシンドローム(性染色体45XO)

自分自身のことをネット等で調べていて、もしかしたらターナーかもしれないと疑問に思って 二十歳過ぎに病院で検査して判明しました。
第2次性徴期はほとんどありませんでした。
身体の特徴としては、低身長、性腺形成不全、外反肘等があります。

判明した当時は女性ホルモン薬を飲んでいましたが、精神的に受け付けずに中止しました。現在は骨粗鬆症の治療薬を服用中です。
性自認についてですが、人と接する時は無理に女性寄りに合わせたりすることもあるけれど 、どっちでもなく中間でいるのが一番楽です。

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●ハンドルネーム IS(6)
●戸籍の性    男
●ISの分類   クラインフェルターシンドローム(性染色体47XXY)

 30年前、高校生の時に重症の乳腺症を患い入院、実は乳腺症でなく女性化乳房だったと思われます。精密検査で入院した際にクラインフェルター症候群であることは、判明したはずが、本人には何も告げられることもなく、乳腺を、その時に全摘出されてしまいました。

外見は、やや小柄で比較的華奢な作りの体格とパーツ、声変わりはほとんどなく、体毛は薄く、ヒゲなどは殆ど生えません、肌の肌理も女性的で色白、睾丸がほとんど引っ込みぱなし、男性的な性欲もほとんどありません、女性に余り興味はありません、ネットで知り合った方から、身体特徴などを指摘され、2007年の4月に染色体検査をしたところ、判明しました。

現在、性腺機能低下症から骨粗鬆症を患い治療中、男女どちらでもない感覚あり、性自認は曖昧or中間、体質が女性寄りの傾向にあり、男性ホルモン特有の副作用を嫌い、男性ホルモンでの治療を拒否、2007年11月よりジェンダークリニックに受診開始…2008年4月にKS-GID-MtF扱いで、ホルモン補充療法の処方が出る。現在は微量の女性ホルモンの経口摂取による治療をしています。

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●ハンドルネーム IS(7)
●戸籍の性    男
●ISの分類   ゴナドトロピン欠乏症

小学生高学年の頃に検査で判明し、中学生になっても2次性徴がほとんど訪れず停留精巣で外性器は未発達のままです。
変声期はほとんどなく、成人後声変わりしましたが男性よりは少し高めのようです。
骨格は肩幅が狭くおしりが大きく喉頭隆起がなく鳩胸で、衣服は上はMでないと肩幅が合いません。
高身長で手足が異常に長く色白で体毛が薄く、部分的に骨密度が低かったり高かったりします。
物心ついてから性自認は女性が7〜8割で残りは中性ですが、10代後半から女性〜男性の間で揺れ動いています。

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●ハンドルネーム IS(8)
●戸籍の性    女
●ISの分類   混合性性腺異形成症(性染色体46X+mar)

当事者は娘です。
出生時は完全女児ということで、産院でも家族も皆、「女の子」として認識していました。
ところが,生後6ヶ月くらいから陰核が肥大してくるようになりました。小児科へ行っても、先生に見せるときに肥大していないので「こんなの普通です」と言われる始末。
10ヶ月検診のときに、気になってもう一度聞いてみたところ、「異常です」との見解。

内分泌の医師にみてもらったところ、「単なる陰核肥大でしょう、念のため、染色体検査をします」と言われ、この結果で染色体に異常があることが判明。核型46X+marでした。 この染色体は、そもそも46XYに由来していますが、Y染色体のかけらしか残っていないという状況だそうでした。

内性器は子宮が存在し、性腺は一方が精巣、一方が未分化の性腺でした。
膣はありますが、未発達である可能性は十分にあります。

現在は女児として養育中。幼児のため、性自認等はまだはっきりわかりません。今のところ本人は女の子だと思っているとは思います。
将来的には、低身長、中耳炎による難聴、心臓奇形、糖尿病、骨粗しょう症、ターナー症候群に類似したその他の症状が出てくることは聞いています。とりあえず、現在は経過観察中ですが、低身長が顕著に現れた時点で成長ホルモン療法を開始、思春期を迎える頃に女性ホルモン投与開始という予定だけ経っております。

  境界を生きる:性分化疾患 番外編 「悲しみ」より「強さ」前に 六花チヨさんに聞く
Date: 2009-11-20 (Fri)
◆漫画「IS〜男でも女でもない性」作者の六花チヨさんに聞く

 ◇「勇気もらった」の声に応え/漫画だからこそ対象幅広く/世間の理解、進んでほしい

 染色体やホルモンの異常が原因で、男性か女性かを区別しづらい「性分化疾患」。この病気をテーマに女性向け漫画誌「Kiss」(講談社)で今年7月まで7年間連載された作品がある。「IS(アイエス)〜男でも女でもない性」。作者の六花(ろくはな)チヨさんに、作品に込めた思いを聞いた。【丹野恒一】

 「IS」は性分化疾患を指す言葉として使われてきた「インターセックス」を略したタイトル。主人公の星野春(はる)は医学的に男女両方の特徴を持って生まれる。両親は一応「女性」として出生届を出すが、春は逆に自分を男と感じながら成長し、思春期になると今度は心に反して体が女性化していく。不安定な心と健康面の問題を抱えた春の未来は−−。

 六花さんは三重県在住の2児の母。連載前には編集者から「とてもデリケートな題材なのに、娯楽作品で描けるのか」という意見もあったが、インターネット上で活動する自助グループ「三毛の庭」(http://www.mikeniwa.net/)が全面的に協力。約15人の当事者や家族が取材に応じた。親たちから子どもが性分化疾患だと知った時の衝撃や悲しみを直接聞いた時には、一緒に泣いてしまったという。

 強く印象に残っていることがある。生殖能力がなく、子孫を残せないことが多い性分化疾患だが、当事者が「私たちは自然界から淘汰(とうた)されていくべき存在なんだ」とつぶやくのを耳にした。その言葉に深い悲しみを見た。

 でも、描き進める際、悲しみをそのまま描くことはしないよう心掛けた。当事者やその親から寄せられる反響には「(子どもの)将来が不安で仕方がないが、主人公の強い生き方に勇気付けられている」との声も多かった。期待を裏切りたくなかった。

 物語は、主人公・春がケーキ職人を目指して進学した高校で出会う男子同級生との、友情とも恋愛ともつかない関係を軸に展開する。

 重いテーマだが、六花さんは漫画だからこそ果たせた役割があったと思っている。「元々関心のある人ではなく、漫画が好きで偶然に手に取ってくれるような人たちに読んでほしかった。かつての自分と同じように、情報や知識がないことで偏見を持つ側に回るかもしれない人にも伝わるよう、恋愛モノの娯楽性を持たせながら分かりやすく描いた」

 連載は当事者や家族にも注目されてきた。「三毛の庭」を運営する足立みのりさん(仮名)は「独りで悩んでいた人たちがグループに参加してくるようになった。世間が少しずつ変わっていくのを感じている」と話す。

 「どこかでふと『IS』を読んでくれた人の心に小さな変化が生まれ、徐々に積み重なって理解が進んでいく」。六花さんはそんな日が来てほしいと願っている。

毎日新聞 2009年11月15日 東京朝刊

http://mainichi.jp/life/housing/news/20091115ddm013100031000c.html


  境界を生きる:性分化疾患 反響特集 苦悩に寄り添いたい
Date: 2009-11-20 (Fri)
 ホルモンなどの異常で性別の区別が難しい病を取り上げた連載「境界を生きる〜性分化疾患」に多くの反響をいただきました。一部を紹介し、この病気が抱える重い現実や課題を改めて考えます。【丹野恒一】

 「40年前、姉は二十歳で自ら命を絶ちました。後になって、染色体のレベルでは男性だったと知りました」

 姉を止められなかった自責の念から自殺防止の電話相談ボランティアに携わってきたという50代の女性からメールが届いた。2人が生まれ育った地方都市を訪ねた。

 幼少時から竹ひごで飛行機を作ったり、虫捕りが好きで男の子とよく遊ぶ姉だったという。4歳年下の自分に初潮が来ても、姉はまだだった。思春期を過ぎると、ボーイッシュな雰囲気が際立ってきた。姉の体に人に言えない秘密があることは、親せきのひそひそ話などからうすうす感じていたという。

 大学を目指して都会で浪人生活をしていた姉は、帰省していた冬のある日、自宅の物置で首をつった。前夜、2人きりの時に姉は「自殺って、どう思う?」と聞いてきた。当時高校1年だった女性は「怖くてできないよ、そんなこと」とだけ答えた。「姉はもっと話したかったのかもしれない。もし、そうしていたら……」

 姉の死後、うつ病を患った母親は、ポツリポツリと話してくれた。姉は高校卒業後、男女どちらかあいまいだった外性器を女性に近づける手術を遠い町でひそかに受けた。しかし、心はどちらかといえば男に近かった。姉はギャップに苦しみ、手紙に悩みをしたためては母親に送っていたという。「私にはそんなそぶりを全く見せなかった。妹の前では最後まで『いいお姉さん』を貫いてくれたのだろう」

 女性は連載を読み、姉と同様に染色体が男性型の女子学生が自殺した事実に心が痛んだという。「当事者の苦しみは40年前も今も変わっていない。どうしたら生き抜いてくれるのか」。ボランティアで培った相談の経験を生かし、まだ少ない性分化疾患の自助グループのサポートができないかと考え始めている。

 「姉がそう望んでいる気がするのです」
 ◇夫にも秘密…差別におびえ続け

 感想を3回にわたり封書で送ってくれた女性(60)がいた。便せんで計22枚。当事者の悲痛な思いが凝縮されていた。

 女性は第二次性徴が来ず、19歳の時に子宮も卵巣もないと診断されたという。26歳で今の夫と出会い、子どもが産めない体だと手紙で告白。夫は悩んだ末に「一緒に生きていこう」と言ってくれた。

 30歳を過ぎたころ、足の付け根のしこりが気になり受診した。しこりは精巣で、染色体も男性型だと分かった。それからは「自分は男なのか」という思いが頭から離れず、性交渉が苦痛になった。

 夫には今も真実を隠している。母親と自分だけの秘密だ。「この苦しみから解放されるのは死んで荼毘(だび)に付される時」との覚悟もある。

 「中間の性で生まれてきてしまった」と自分を納得させている女性だが、連載で取り上げた「第三の性」や、新生児の性別判定に猶予期間を設けることには、「反対」という。差別の解消が生易しいものではないことを、おびえて生きてきた実体験で知っているからだ。

 でも、現状を悲観するだけではない。手紙は社会へのこんな訴えで締めくくられていた。「まずは存在を知ってほしい。あなたの子として生まれてくるかもしれないのだから」

◆息子の先天性の病気でお世話になっている病院があります。さまざまな病と闘う親子と出会い、苦しい治療の末に亡くなった子もいますが、最も衝撃的だったのは(外性器の形状があいまいなことが多い)副腎皮質過形成の子との出会いでした。出生届の期限ぎりぎりまで性別判定がつかず、その間、親友からの電話にも出られずにいた両親の苦悩は他の病とは全く異質のものでした。子を亡くすよりもある意味つらいのでは、そう感じてしまった自分に大きな偏見があると思い知り、自己嫌悪に陥りました=堺市、40代主婦

 ◆聴講していた大学で知り合った人が性別の揺れに苦しんでいました。テレビでは性同一性障害のタレントをちゃかすような場面を見ますが、大勢の人は社会で普通に暮らしています。その人たちが悩まずに生活できるよう、マスコミも真剣に第三の性を設ける議論をしてほしい=前橋市、主婦、生方あいのさん(40)

 ◆持病があり医学書を読みあさったので、以前から性分化疾患を知っていました。「男らしく」「女らしく」を社会が必要以上に求める限り、差別や偏見はなくならない。結婚しなくても、子どもがいなくても住み良い社会にすべきです=長野県塩尻市、不動産業、60代男性

 ◆今まで人には男と女の2種類しかないと思い込んでいました。でも大きな間違いで、無知と無理解が偏見となり当事者やその家族を苦しめると初めて知りました。恥ずかしいです。マイノリティーの問題をみんなで考え、理解を深めれば、社会は少しずつ住みやすくなっていくと思います=札幌市、主婦、対馬三枝子さん(54)

 ◆2人目の子を産み、育児休業中です。以前に芝居で「両性具有」という言葉を聞いた覚えはありますが、現実のこととは想像もしませんでした。性分化疾患の子が生まれたときの親御さんの戸惑いはいかばかりでしょう。今回の連載で、自分だけではないかと苦しんできた患者や家族が暗闇から抜け出せますように=愛知県、会社員、牛田敬子さん(42)
毎日新聞 2009年10月22日 東京朝刊


  境界を生きる:性分化疾患/6止 存在、認める社会に
Date: 2009-11-20 (Fri)
◇「男と女」だけなのか 決定にモラトリアム必要 「個性…でも疾患」

 「人間を男と女だけに分けるのは時代遅れ」「真ん中の性を認めれば、丸くおさまる」

 日本小児内分泌学会が性分化疾患のある新生児の性別を判定するためのガイドラインを策定することが明らかになった先月末以降、インターネット上には性別を男女だけに分けるという大前提に疑問を投げかける書き込みが相次いでいる。

 一見、非現実的にも思えるが、かつて同様の考えを論じた文章が医師や法律家の間に波紋を広げたことがある。日本生命倫理学会初代会長の星野一正・京都大名誉教授が00年に法律雑誌に載せた論文「性は『男と女』に分けられるのか」だ。

 星野氏は日米両国で産婦人科医として数多くの分娩(ぶんべん)に携わり、性分化疾患の新生児にあいまいな性別判定をせざるを得なかった過去の反省に立ち「研究の進歩によって、ヒトを男女に二分して性別を正確に決定する基準を設定しようとすること自体が不可能に近いことが分かってきた」と指摘。そのうえで「男か女かのいずれかの性別のみを記録することを義務づけている現行の法律は即刻改正すべきだ」と言い切った。

 星野氏と親交があった日本半陰陽協会主宰の橋本秀雄さんによれば「男にも女にも違和感を覚えてしまう多くの当事者の実態に即した考え方だったが『アメリカかぶれの机上の空論だ』と一笑に付す学者もいたようだ」。

 この「空論」がすぐに受け入れられるほど社会は柔軟ではないが、患者が置かれた状況がこのままでいいとはいえない。

 性分化疾患や性同一性障害がある人の診察経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京都)の針間克己院長も、性の男女二元論には懐疑的な立場だ。性分化疾患の患者が自ら感じる性別は、男女半々だったり、7対3だったりする。さらにそれが時々入れ替わる人や、年とともに変わる人もいるという。

 こうした人たちを男性か女性か、明確に分けることはできない。でも社会生活を営むにはどちらかの性別を割り当てる必要がある。そこで針間院長は「性別判定には時間がかかるとの前提に立ち、性別が決まらないモラトリアム(猶予期間)の必要性を社会に訴えることこそが、今医師に求められているのではないか」と提言する。

    *

 こうした議論は当事者自身の目にはどう映っているのか。

 男性ホルモンの不足で第2次性徴が全く来なかった大学3年生、裕司さん(22)=仮名=は女性と間違えられる外見を「ある意味で自分の個性」と感じつつも、もっと男性らしくなりたいと思い、男性ホルモンの投与を受けている。声が低くなり体毛が濃くなると、今度は予期しなかった喪失感を覚えたという。

 そんな複雑さを抱える裕司さんだが「第三の性があってもいい」「そのままの自分に誇りを持って」との意見には違和感がある。「患者を気遣ってくれているのかもしれない。でも社会は男か女かの区別を前提として動いている。男性として生きたい自分にとって、今の状態は『疾患』以外の何物でもない」

 性分化疾患の患者や家族たちは長い間、孤独な状況に置かれてきた。社会はどう向き合うべきなのか。「まずは存在を知ってほしい」。当事者の多くは訴える。【丹野恒一】=おわり

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◆作家・精神科医、帚木蓬生さんに聞く
 ◇「無関心は恥になり、罪になる」

 作家であり、現役の精神科医でもある帚木蓬生(ははきぎほうせい)さんは昨年、性分化疾患をテーマにした小説「インターセックス」(集英社)を刊行した。このテーマに挑んだ動機や伝えたかったメッセージを聞いた。【聞き手・丹野恒一、写真・渡辺亮一】

 −−なぜこの病気を取り上げたのですか。

 ◆先端医療を手掛ける天才医師の暴走を描いた小説「エンブリオ」の続編テーマとして性転換について調べるうちに、この問題を知りました。資料を集めてみると医師の私でさえ知らないことばかり。これは書かねばならないと思いました。

 −−反響は?

 ◆この疾患を持つ30代と思われる女性からの手紙が衝撃的でした。男性の外性器があり、誰にも知られないように生きてきたけれど、作品を読んで「自分だけではない」と知ったとのこと。母親でさえ気付いていなかったようで、物心がついてからは裸を見せないようにしているそうです。彼女は死ぬまで秘密にしていかねばならないのだろうと思うと、つらくなりました。

 −−医師の立場で思うことは?

 ◆医学の世界で現状を変えていこうという声が大きくなっていかないのは、横のつながりが少ないからでは。そもそも医者というものは薬が効かない病気は初めから存在しないと思いがち。性分化疾患は医療のアキレスけんとも言えます。取り巻く状況は、放っておいたら50年変わらないでしょう。

 −−読者に伝えたかったことは?

 ◆ある登場人物がこう語る場面があります。「無関心はとてつもない恥になり、ついには罪になる」。知らないことはいけないことで、知ろうとしないのは最もいけないことです。

毎日新聞 2009年10月8日 東京朝刊

  境界を生きる:性分化疾患/5 金メダリスト、さらし者に
Date: 2009-11-20 (Fri)

 ◇陸上の南ア・セメンヤ選手 薬物と偽り性別検査 「染色体、すべてではない」

 8月25日、南アフリカ・ヨハネスブルクのオリバー・タンボ国際空港。到着ロビーはベルリン世界陸上選手権女子八百メートルで優勝したキャスター・セメンヤ選手(18)を励まそうと駆けつけた市民でごった返した。その数、数千人。大歓声に戸惑いながらも、セメンヤ選手はVサインを高く掲げ「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。

 セメンヤ選手が優勝後、並外れた競技能力と筋肉質の体格などから性別を疑われた問題は祖国南アを揺さぶった。政府は「彼女が黒人であり、欧州勢をしのぐ活躍をしたためだ」と声明を出し、国連人権委員会に申し立てる意向も示した。アパルトヘイト(人種隔離)政策を克服した国民が人間の尊厳を侵す問題に敏感に反応したのは当然の成り行きだった。地元紙ザ・タイムズは「彼女の外見を創造したのは神様」との祖母マプシさん(80)の言葉を紹介した。

 だが9月に入り、海外メディアが「医学的検査の結果、男性と女性の生殖器を持つ両性具有であることが分かった」と報道、性分化疾患の疑いを指摘した。南ア陸連が禁止薬物使用(ドーピング)検査だとうその説明をして性別検査を実施していたことも発覚。国際陸連は11月までは最終的な決定をしないとの姿勢で、真相はいまだ定かでない。

    *

 「なぜ彼女は世界のさらし者にされなければならなかったのか」。日本陸連医事委員の難波聡・埼玉医科大産婦人科講師(臨床遺伝学)は「スポーツの世界では繰り返されてきた問題。本人の尊厳のためにも情報がオープンにならないよう徹底されていたはず」と憤る。

 難波医師によると、女性選手に一律の性別検査が行われた最後の五輪は96年のアトランタ大会だった。この時、検査した3387人のうち8人に男性型を示すY染色体があったという。それでも、全員が女子競技への参加を許された。なぜか。

 女子競技では主に性別をめぐる二つのケースが問題になる。一つは男性が女性と偽って出場したり、何らかの事情で女性として育てられ紛れ込んでいる場合。もう一つが性分化疾患だ。メダルはく奪などの処分が下されるのは「偽り」がほとんどで、性分化疾患の場合は必ずしも処分されるわけではない。「染色体は判断材料の一つにはなるが、すべてではない。重要なのは男性ホルモンがどれだけ競技能力に有利に働いているかの判断」という。

 世界陸上のように最高レベルの身体能力を持つ選手が集まる大会では、性分化疾患によって男性ホルモンが強く働いている女子選手が一般社会以上の割合で見つかるのは必然だ。難波医師は「世界の目が集まる場で女性選手が精神的に傷つけられることが繰り返されてはいけない」と話す。

    *

 セメンヤ選手の故郷は南アフリカ北東部にある小さな村だ。「プアレスト・プア」(最貧困地区)として知られ、電気、水道などの整備も進んでいない。親族の一人は「女の子として生まれ、育ててきた。私たちの自慢の子なのに、何が問題なのか」と訴える。

 9月上旬に発売された地元の雑誌「YOU」はセメンヤ選手を特集した。表紙には黒いドレスにネックレスをつけた写真を掲載。本人はインタビューにこう語っている。「私は私であることが誇り」

 海外メディアが「両性具有」と報じた翌日、セメンヤ選手は国内レースの出場を取りやめ、その後は公の場に姿を見せていない。【丹野恒一、ヨハネスブルク高尾具成】=つづく(次回は性別をめぐるさまざまな議論についてです)


発信箱:医療と偏見=磯崎由美

 およそ2000人に1人。染色体やホルモンに何らかの問題があって、男女の区別が明確でない子が生まれてくる割合だ。原因などにより病気の種類は数十あるが、こうした疾患の総称を「性分化疾患」で統一することを日本小児内分泌学会が決めた。

 「両性具有」「半陰陽」などの呼称で、時に小説の題材になったり、国や時代によっては神聖な存在とも扱われた。だが、彼らは物語の中の住人ではない。この疾患は命が誕生する過程で起こりうる数々の疾患・障害の一部だ。

 にもかかわらず、性をタブー視する社会の中で周囲の目を恐れ、想像を絶する苦しみを抱え込んでいる人たちが決して少なくない。子どもの戸籍を変えるために誰も知らぬ土地に転居せざるを得なかった家族や、思春期に自分の疾患を知り、自ら命を絶ってしまった若者もいる。

 すぐに性別が分からない赤ちゃんが生まれた時、男女どちらを選び、どんなケアをすべきか。専門医でも判断を迷う例がある一方で、比較的決めやすい子が必要な検査すらされず、誤った判断や不適切な医療を受ける例が発覚している。その一因は、医師の間にも「隠すべき疾患」とみる意識があったためだ。名称もばらばらで、症例の共有が進まなかったという。

 学会の同じような取り組みで思い出すのは、日本精神神経学会が7年前「精神分裂病」を「統合失調症」に変えたことだ。その後の研究で治療やケアも進み、昔は鍵をかけた部屋に閉じこめられてきた人たちが今では地域に溶け込み、暮らしている。

 「性分化疾患」の名称も、医学界にとどまらずに広まっていくといい。医療には社会を変える力もある。(生活報道部)

毎日新聞 2009年10月7日 東京朝刊

  境界を生きる:性分化疾患/3 子の性別、親が選んだ
Date: 2009-11-20 (Fri)
◇食い違う診断、病院を転々/不安、自責…「娘は私を恨むだろうか」

 東日本に住む敏子さん(37)=仮名=が長女美咲ちゃん(4)=同=の異変に気付いたのは生後5カ月の時だった。オムツを替えていると、陰核(クリトリス)がそれまでより少し大きくなっていた。「赤ちゃんって、こんなものかな」。それ以上深くは考えなかった。

 その後、美咲ちゃんが風邪で小児科にかかった時、念のため医師に尋ねた。答えは「一人一人違う。いくらでもあること」。医師が言うのだから大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

 だが生後10カ月のある日、平穏な暮らしが揺らぎ始める。朝、かつてかかったことのある総合病院の小児外科を受診すると、医師が少し焦った様子で言った。「(陰核が)以前はこんな大きさじゃなかったはず。午後、小児科を受診してください」。胸がざわついた。

 昼休み、待合ロビーで長椅子に腰掛けていると、先ほどの医師が静かに隣に座ってきて、こう告げた。「娘さんはもしかすると男の子かもしれませんね」

 傍らで、つかまり立ちできるようになったばかりの美咲ちゃんが、窓から差し込む冬の日差しを受けて無邪気に遊んでいる。「この医師はいったい何を言ってるの?」。言葉が出ない敏子さんを残し、医師は立ち去った。

 そして午後。診察室に入ると、小児科の部長が待っていた。思わず身構えたが、部長は自信なさげにパソコンに向かって症例を検索するばかり。そうこうするうちに血液検査の結果が出た。「問題なし。心配しなくていい」。ただし、陰核を小さくする手術だけは必要と言われた。

 食い違う診断。安心できたと思うと突き落とされ、再び安心し、そしてまた……。医療への不信感が芽生えた。

 その小児科部長に紹介された大学病院でも同じだった。初診で「異常ないと思います。念のため染色体の検査をしましょう」と笑顔を見せた内分泌医が、1カ月後に受診すると明らかに動揺している。「こんな子、診たことがありません。染色体検査では女か男か分からない。詳しい医師が関東にいるので……」

 *

 こうして美咲ちゃんの1歳の誕生日を前にたどり着いたのが、現在の主治医だ。太鼓判を押されて紹介された病院だけに、数々の検査の末に告げられた診断結果は重かった。

 美咲ちゃんには子宮や膣(ちつ)はあるが、卵巣ではなく精巣がある。遺伝学的には男女の区別がはっきりせず、どちらかというと男性に近い。ホルモン治療をすれば月経が始まるけれど、妊娠はできない。合併症で低身長や難聴の症状が出る−−。

 楽観主義の夫(34)はそれまで医師に何を言われようと「美咲に限って」と耳を貸さなかった。でもその日は違った。診察室を出てからも、口を開こうともしなかった。

 約1カ月後、病院で今後の治療方針を話し合った。医師は夫婦に「女の子と男の子のどちらで育てたいですか」と尋ねてきた。動揺がおさまらない夫婦には、親が子どもの性別を選ぶということを不自然に思う余裕もない。「今まで通りに女の子として育てられるなら……」。医師はその答えを待っていたのか「既に女の子として養育している状況などを総合的に考えると、それがいいと思います」と言った。

 それから1カ月もたたないうちに、まず精巣を摘出。陰核を小さくして外陰部をより女性らしくする手術も受けた。今後は経過観察を続け、低身長が著しくなれば成長ホルモン、思春期を迎えるころには女性ホルモンの投与を始めるという治療方針が立てられた。

 *
いま、美咲ちゃんは多少病気がちながらも女の子として元気に幼稚園に通っている。しかし、友だちと遊ぶ様子を見ていて、敏子さんは気になってきた。かわいらしい服装を好む半面、男言葉を使うことがあり、昆虫が大好きで、人形遊びは嫌い。

 主治医に検査結果を示された時、染色体や性腺の性についての説明は受けたが、心の性がどのように育つのかを聞いた覚えはない。「この子が将来、自分は女性ではないと思うようになり、手術を受けさせた親を恨むことはないのだろうか」。そしてこうも思うようになった。「男でもなく女でもない、生まれてきた体そのものが、この子には最も自然だったのではないか」

 昨秋、インターネット上に性分化疾患の患者や家族が集うサイトを見つけ、悩みを書き込んでみた。「性別を決めるのが早すぎたのではないですか」「子どもの疾患を気遣うばかりに、家族の生活が回らなくなることもあります」。厳しい指摘もあったが、当事者にしか分からない思いや情報に触れ、暗闇から一歩抜け出せた。

 サイトにはその後も社会から孤立した親たちの相談が絶えない。敏子さんは自然と、それに答え、支える立場になった。「あの不安を私は知っているから」【丹野恒一】=つづく(次回は6日、本人への告知をめぐる課題です)

 ◇性別意識する仕組みは

 人間は自分自身をどのようにして男性(または女性)であると認識するのか。まだ十分ではないが、男性であることを意識するメカニズムは少しずつ解明されてきた。

 受精卵から細胞分裂が進み精巣ができると、そこから男性ホルモンが分泌される。それを脳が浴びることで、成長後に自分を男性と認識したり、男性的な行動を取るようになるという考え方がある。一方、成育環境や体の外見をどう自覚するかも加わり、複合的に決まるという説もある。

 女性と判定された性分化疾患の子から精巣を摘出しても、その前段階で脳が男性ホルモンを多く浴びていれば、意識は男性寄りになることもあるとみられる。性別判定の際にどこまで考慮すべきかが課題となっている。

毎日新聞 2009年10月1日 東京朝刊


  境界を生きる:性分化疾患/2 揺れ動く心と体
Date: 2009-11-20 (Fri)
◇染色体混在、男性で出生届/20代…やっと女性化治療

 心と体の性が一致せずに悩むのが性同一性障害。混同されやすいが、性分化疾患は体の性を決めるいくつかの要素(遺伝学的性、外・内性器の性、性腺の性など)が一致せず、それぞれが中間的だったりもする。心も体も男性と女性の間を揺れ動き、生きづらさを抱える人もいる。

 「よく隠し通せたね」。関東地方でIT技術者として働く真琴さん(25)=仮名=は時々、高校時代の女友達にそう言われる。当時の真琴さんは男子生徒。本当のことを打ち明けられたのは卒業してからだった。「男女どちらかにはっきり属していたら、友達をだますようなことをしなくても済んだのに」。罪悪感に苦しんだ思い出がよみがえる。

 真琴さんの体には卵巣や子宮があるが、染色体は女性型と男性型が混在する「XX/XYモザイク型」。小さな陰茎(ペニス)があったためか、両親は男性として出生届を出し、男の子用のおもちゃを買い与えた。

 しかし成長するにつれ、男の子の輪に入りづらくなった。中性的な雰囲気があるのか、小学校では「おとこおんな」といじめられた。

 5年生の春、信じられないことが起きた。体育の授業中、足を伝って血が流れているのを女子に指摘された。生まれつきの異常があることは親から少しは聞いていたが、まさかの初潮。「ばれたら、いじめがひどくなる」。男子から「女みたいなにおいがする」と言われ、トイレ用の脱臭剤を下着に入れて登校した。

 その半年後、朝礼で貧血を起こして倒れ、大学病院を受診した。そこでの事は今も深い心の傷になっている。

 大勢の医師や医学生に取り囲まれる中、体中を検査された。男子学生たちが「インターセックス(性分化疾患)ってこんなふうなんだ」と、好奇の目を向ける。「私は見せ物じゃない」と言いたくても言えず、勇気を振り絞って検査の目的を尋ねた。返ってくるのは医学用語ばかり。「黙って従え」という意味と受け止めた。

    *

 中学に入ると、体力が男子についていけなくなり、親と医師の薦めで男性ホルモンの投与を受け始めた。どんどん男っぽくなる体が嫌だったが、喜ぶ両親を見ていると、治療をやめたいとは言い出せなかった。

 心と体が乖離(かいり)し、気持ちをどう保っていいのか分からない。でも生理が来ると落ち着いた。大きくなった胸にさらしを巻いて隠していると「そんなことで悩むひまがあったら、受験勉強しなさい」と親に言われ、手術で胸を小さくされた。「また一つ、大切なものがなくなった」と思うと、病室のベッドで涙があふれてきた。

 同級生たちに恋人ができていく。「異性と付き合うって、どんな感じだろう」。高校で女子から告白され、受け入れてみたこともある。自分が男か女かで揺れていては、長続きするはずがなかった。

 大学に進んでからはホルモンバランスが崩れ、1年半の入院と自宅療養を強いられた。

    *

 随分と遠回りをしたが、真琴さんは最近やっと女性化のための治療を始めることができた。通院していた病院で出会った友達の一言があったからだ。「生きたいように生きなよ」。友達はその後、別の病気で亡くなった。

 10年近くにわたる男性化治療で外見は男性に近づいてしまったが、初対面の人に女性とみられることが増えてきた。ふと気づくと、かつてのように性別のことばかり考えていない自分がいる。そのことがうれしい。【丹野恒一】=つづく(次回は性分化疾患の子を持つ親の話です

毎日新聞 2009年9月30日 東京朝刊


  境界を生きる:性分化疾患/1 診断「100%の正答ない」
Date: 2009-11-20 (Fri)
 男か女か。人生を左右する重大な決定が新生児医療の現場で揺らいでいる。染色体やホルモンの異常により、約2000人に1人の割合で発生するとされる性分化疾患。医師たちはどのような判断を迫られ、患者や家族はどんな思いを抱えているのか。【丹野恒一】
 ◇染色体、生殖能力…要因複雑/ずさんな性別判定、今も

 「あの子、女らしく育ってくれるだろうか」。東京都世田谷区の国立成育医療センター。性分化疾患の研究・治療で国内をリードする一人、堀川玲子・内分泌代謝科医長は、センターが開所した02年から診察を続けている一人の子の成長がずっと気になっている。

 その子は生後約1年で、地方のある大学病院から「陰茎(ペニス)の発達異常がある男児だが、男性ホルモンをいくら投与しても大きくならない」と紹介されてきた。しかし、詳しく検査してみると染色体は女性型のXXで、子宮や卵巣もちゃんと備わっていた。男性ホルモンの過剰分泌が原因で女性の陰核(クリトリス)が陰茎のように肥大する病気と分かった。いわば、女の子が無理やり男の子にされようとしていたのだ。

 両親と話し合い、性別と名前を女の子に変える法的手続きを取ることを決めた。家族は周囲にその事実を知られぬよう、県内の別の市に転居した。堀川医師は今も定期診察で年に2回その子に会うが、言葉遣いや様子は男っぽく、遊び相手も男の子ばかりという。「不必要で過剰な男性ホルモンを投与したからではないか」と心配でならない。

 こうした事例はのちも続く。今年初め、別の大学病院から紹介されてきた子にも外性器の発達異常があった。判断が容易な症例ではなかったが、基本的な染色体検査さえされぬまま「どちらかというと外性器の形状が女に近い」という理由で女性と決めつけられていた。センターでの検査の結果、染色体は男性型のXY、不完全ながらも性腺は男性ホルモンを作っていた。

 堀川医師は「どちらの例も、慎重に診断していれば、最初に選ぶべき性が逆だったはず」と表情を曇らせる。

医師の間でもタブー視されてきた性分化疾患が今以上に闇に置かれていた時代、患者はもっと低レベルの医療を受けざるを得なかった。日本小児内分泌学会性分化委員長の大山建司・山梨大教授は「男性器を形成するのが技術上困難だった80年代ごろまでは、医師の間では当然のように『迷ったら女にしろ』と言われていた」と打ち明ける。

 特に、性分化疾患の中でも約2万人に1人と発生頻度が高く、外性器からでは男女の区別がつきにくい先天性副腎皮質過形成の場合は「当時の性別決定のうち、約15%は誤りだったとも言われている」。

 ただし、原因が解明されてきた現在でも、容易には診断がつかないケースがある。染色体の異常の程度やホルモンの働き具合などが複雑に絡み合い、同じ病名がついても症状が全く違ってしまう。「どちらかの性で生殖能力があるか」や「将来、男女どちらだとより充実した性生活が送れるか」など、何を優先するかでも選ばれる性別は変わってくるという。「どうしても判断に迷うと、重圧で押しつぶされそうになる」「判定にはストレスを伴う」。ベテラン医師たちからもそんな本音が漏れる。

 「この疾患ならば男性、これなら女性にするのが正しいという100%の正答がない。それが性分化疾患の難しさ」と大山教授は話す。

    *

 大阪府和泉市の府立母子保健総合医療センターでは90年代初め、あるトラブルがあった。

 性別の判定が難しい子が生まれた。主治医は親に性別を決めるまでにはまだ時間がかかると説明したが、祖父は「性別がはっきりしないと田舎はうるさいので困る」と迫り、父親は「外に出せないような子だと近所でうわさになっている」と訴えた。

 医師はせかされるように、この子は女性であると決めた。しかし、両親は出産直後、助産師が軽率に「とりあえず男でいきましょう」と言うのを聞いてしまっていたため、診断への不信感を長く引きずることになった。

 同センターではこの問題をきっかけに、性分化疾患の疑いがある子が生まれたときの医療体制を決めた。子どもの症状を一人の医師が判断するのではなく、小児科や泌尿器科、産科、新生児科など複数の医師が集まり、それぞれの分野の経験と知識を出し合って結論を導き出す。

 同時に、親に説明する際の留意点もまとめた。泌尿器科の島田憲次主任部長は「言葉の使い方一つで、親の受け止め方は違ってくる。『だと思う』といったあいまいな言い方はしないよう申し合わせた」と話す。

    *

 こうした取り組みはまだごく一部でしか行われていない。堀川医師は訴える。「顕在化している問題事例は氷山の一角に過ぎない。不適切な診断を受けたまま、つらい人生を歩んでいる人がたくさんいるだろう。医師は子どもたちの一生を決める責任を背負っている。まずはその自覚が必要なのです」=つづく(次回は性分化疾患の当事者の話です)

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 ◇性分化疾患

 人間は一般的に、外性器・内性器や性腺(卵巣、精巣)、染色体のすべてが男女どちらかの性で統一されているが、それぞれの性があいまいだったり、食い違って生まれてくる病気の総称。出生後、男女どちらが望ましいかを決めた後、ホルモン治療や性腺の摘出、外性器の形成手術などで、選んだ性に近づけていくことが多い。不適切な判断を減らすため、日本小児内分泌学会は10月、初の症例調査に乗り出し、性別決定までのガイドラインを策定する。

毎日新聞 2009年9月29日 東京朝刊

  境界を生きる:性分化疾患
Date: 2009-11-20 (Fri)
染色体やホルモンの異常により、外見で男女の区別が難しい新生児が約2000人に1人の割合で生まれているとされる。いずれかの性に近づける医療にあたる際、医師が誤った判断をしているケースが問題化している。染色体や性腺からみるとほぼ女性である子に対し、男性ホルモンを投与していた例もある。日本小児内分泌学会(藤枝憲二理事長)は医療機関が性別を判定するためのガイドライン策定に向け、10月から初の症例調査に乗り出す。

 こうした疾患は医学的に「性分化疾患」「性分化異常症」などと呼ばれる。以前は原因がほとんど分からなかったが、90年代以降に性が男女に分化する仕組みが急速に解明され、診断の精度が上がってきた。

 しかし、同学会性分化委員会によると最近でも、外性器だけをみれば男性に近いが、染色体が女性型で卵巣もある子に過剰な男性ホルモンを投与し続けたり、外性器で男女の区別がつかない子が染色体検査もされぬまま性別を決められた例などが報告されている。医師が判断を誤ったことで、出産ができない体にされた人や、精神的な苦痛を抱えている人もいる。

 さらに、男性型と女性型の染色体が混在していたり、卵巣と精巣の両方があるなど、専門医でも判定の分かれる症例があり、家族や成長後の患者本人が医療に不信感を抱くケースも明らかになってきた。

 このため、同学会は性分化疾患が疑われる子が生まれた場合のガイドラインが必要と判断。より正確な診断をする手順をまとめるほか、男女どちらの性が望ましいかを慎重に議論するためのチーム医療体制のあり方や、親に説明する際の留意点などについて、具体策を示すことにした。

 また、病気の総称についても、一般的に使われている「半陰陽」「両性具有」などの呼び方には蔑視(べっし)的な響きがあるとして、10月に宇都宮市で開かれる総会で「性分化疾患」に統一する。

 性分化委員会委員長の大山建司・山梨大教授は「医学界が真剣に取り組んでこなかった分野で、当事者や親は孤独でつらい思いをしてきた。安易な性別決定によって苦しむ人を一人でも減らしたい」と話している。【丹野恒一】

 ◇ことば・性分化疾患

 通常は男女いずれかで統一されている染色体(XX、XY)、性腺(卵巣、精巣)、外性器や内性器(子宮、膣=ちつ)などの性が一致せずに生まれてくる疾患の総称。心と体の性が一致しない性同一性障害とは異なる。新生児の段階で疾患が見つかった場合は、ほとんどがその時点で男女どちらが望ましいかを選び、手術やホルモン治療をする。8月の世界陸上選手権女子八百メートルで、優勝した南アフリカの女子選手が性別を疑われた例など、スポーツ界で論議となることも多い。

 ◇性分化疾患 医療界もタブー視

 心と体の性が食い違う性同一性障害については、04年に特例法が施行され、権利擁護がようやく進み始めた。一方、体の性も一致しない性分化疾患の人たちは、これまでほとんど光が当てられてこなかった。

 性分化疾患の治療に長年携わってきた位田忍・大阪府立母子保健総合医療センター消化器内分泌科主任部長は「科学がメスを入れないタブーの領域で、医師の間でも問題意識が共有されてこなかった」と認める。不適切な性別判定や医療行為が後を絶たない一因も、そこにある。

 当事者や家族は周囲の偏見を恐れ、苦しみを抱え込んできた。出産直後に子どもの性別がはっきりしないと知らされた親は、いきなり重責を負わされる。男性と女性、どちらで育てるべきか。診断結果と方向性を示すのは医師だが、最終的に決断するのは親だ。

 さらに患者自身の苦痛は計り知れない。自分の意思が芽生えない段階で大事なものが人為的に決められ、それが成長してから自覚する性と違ってしまうこともある。家族や医師から告知されないまま成長し、第二次性徴期や結婚後に自分の疾患を知る人もいる。

 日本小児内分泌学会は成長した患者たちの追跡調査もする方針という。医学的研究にとどまらず、患者や家族の生きづらさを和らげることにつなげてほしい。私たちも、声を上げられずに生きる人たちが数多くいることを、もっと理解しなければならない。

解説:性分化疾患、症例調査へ 医療界もタブー視 本人や家族、苦しみ抱え込み

 心と体の性が食い違う性同一性障害については、04年に特例法が施行され、権利擁護がようやく進み始めた。一方、体の性も一致しない性分化疾患の人たちは、これまでほとんど光が当てられてこなかった。

 性分化疾患の治療に長年携わってきた位田忍・大阪府立母子保健総合医療センター消化器内分泌科主任部長は「科学がメスを入れないタブーの領域で、医師の間でも問題意識が共有されてこなかった」と認める。不適切な性別判定や医療行為が後を絶たない一因も、そこにある。

 当事者や家族は周囲の偏見を恐れ、苦しみを抱え込んできた。出産直後に子どもの性別がはっきりしないと知らされた親は、いきなり重責を負わされる。男性と女性、どちらで育てるべきか。診断結果と方向性を示すのは医師だが、最終的に決断するのは親だ。

 さらに患者自身の苦痛は計り知れない。自分の意思が芽生えない段階で大事なものが人為的に決められ、それが成長してから自覚する性と違ってしまうこともある。家族や医師から告知されないまま成長し、第二次性徴期や結婚後に自分の疾患を知る人もいる。

 日本小児内分泌学会は成長した患者たちの追跡調査もする方針という。医学的研究にとどまらず、患者や家族の生きづらさを和らげることにつなげてほしい。私たちも、声を上げられずに生きる人たちが数多くいることを、もっと理解しなければならない。【丹野恒一】


毎日新聞 2009年9月28日 東京朝刊


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